「中世ヨーロッパの暗黒時代」はキリスト教が原因なのか?
結論
キリスト教はローマ没落の主要原因という説は数百年前(啓蒙時代)から存在する。
一方で、キリスト教会がローマ帝国を延命したという意見も同時に存在し、常に議論が続いている。
「中世ヨーロッパの暗黒時代」とは
「中世暗黒時代のヨーロッパ」とは
・地域:地中海世界の北西の地域(西欧、すなわちヨーロッパ世界)
・期間:中世初期(5~8世紀)
「中世暗黒時代」とは
まず、「暗黒時代」という用語自体が「中世」の1000年間を指すには曖昧でかつ誤解を招きやすく、不正確であるので、学術的には使用が控えられている。中世 = 暗黒時代ではなく、「中世」と「暗黒時代」は区別する必要がある。
また、「中世」という概念の定義も曖昧で、多様な区分の基準がある。
伝統的な時代区分としてのヨーロッパ中世は、西ローマ帝国の滅亡(476年)から東ローマ帝国の滅亡(1453年)までの約1000年間を指すことが多い。
「暗黒時代」の文脈における「中世」は西ローマ帝国消滅後からの数世紀(5~8世紀)を示す。つまり、「中世暗黒時代」が指すのは、中世全体の1000年間という膨大な期間ではなく、初期中世の数世紀だけである。
「中世ヨーロッパ」とは
「暗黒時代」の「中世ヨーロッパ」とは、正確には西ヨーロッパ(西欧)のこと。
西欧とは、現在でいうところのフランス、ドイツ、イタリア、イギリスの地域。
ただ単に中世というだけでは1000年という長い期間を示すので、「暗黒時代」の認識を共有できなければ話がかみ合わなくなる。
また、「ヨーロッパ」といえば漠然と地中海世界全体をイメージされることがあるが、実際はローマ帝国が支配した数ある地域の一つ(すなわち西欧)である。「中世暗黒時代のヨーロッパ」というのは特定の地域・期間を指す限定的な区分に過ぎない。
「古代末期」論争:
「ローマ帝国の衰亡」や「古典古代」文明の崩壊は本当に起こったのか
「衰亡説」と「変容説」
- 「ローマ帝国の衰亡」と「文明の崩壊」をどのように解釈するかについては、200年以上前から議論が続いている。
- 「ローマ帝国は滅亡し、文明は衰退した」という「衰亡説」と、「衰退・滅亡ではなく新たな社会に変容した」という「変容説」の二つの説がある。
- 両説は相互に批判し、一方で補完し合う関係でもある。
衰亡論の6分類-ローマ帝国衰亡の原因は何か?
・衰亡説は内因論と外因論に大別され、さらに6つのタイプに分類されている。
・内因論と外因論は対立するだけでなく、相互に影響し合う関係性を持つ。
宗教的な説明 -ローマ帝国衰亡とキリスト教の関係-
ローマ帝国衰亡の原因はキリスト教とする説
今回は衰亡説の中でも、宗教的な説明に注目したい。
ローマ帝国の衰亡の原因について、キリスト教が帝国社会に悪影響を及ぼしたとの見解は200年以上前から存在する。
エドワード・ギボンの「ローマ帝国衰亡史(18世紀後半)」が有名。
キリスト教がローマ帝国の決定的な変容の根源であると説明される。
ローマ的なるものを破壊したのはキリスト教であるとされた。
「キリスト教はローマ没落の主要原因である。」
「ローマ帝国衰亡史」の著者。
一次資料を用いてローマ帝国とその没落、それに続く中世の本性について合理的・非宗教的な歴史を構築した。(b1)
ギボンは、ローマの没落とそれに続く「暗黒時代」到来の責任をキリスト教の台頭と教会の形成に求めた最初の歴史家の一人。この見取り図は啓蒙思想家と、英国および合衆国のプロテスタントの間で評判が良かった。(b1)
「帝政後期は、市民が宗教に傾倒していく『不安の時代』だった。」
五賢帝時代からコンスタンティヌス帝時代に至る社会の心性史的変化を、市民が合理的判断能力を喪失して宗教に傾倒していく「不安の時代」の道筋として読み解いた。(a1)
キリスト教に否定的/肯定的な意見の対比
ローマ帝国衰亡において、キリスト教に否定的な意見があればそれに反論する意見も同時に存在している。
よくある一般に流布する考え方 – ローマ衰亡とキリスト教の関係について
歴史系2chまとめサイトでよく見る意見
歴史系2chまとめサイトなどでは、ローマ帝国崩壊と文明衰退の原因の原因について語られる場合、ほぼ必ずキリスト教原因説が出てくる。
古代ローマ人と1500年後の16世紀のヨーロッパ人の生活水準がほとんど変わらなかった事実 39: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)12:52:07 ID:TO2 結論キリスト教は悪いでよくないか? 44: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)16:52:49 ID:kGL >>39 キリスト教がなかったらローマ崩壊後の混迷がもっとヤバイことになってたぞ ゲルマンどもがキリスト教化されたおかげでヨーロッパ文化圏としてある程度まとまったのであって もしこれがなかったら蛮族群雄割拠のマジモンの暗黒時代と化してた 46: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)17:09:25 ID:94m >>44 まあそのローマが崩壊した原因にキリスト教が一役買ってるからなんとも もちろん共通の道徳観を浸透させたことは大きいけど 48: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)17:13:41 ID:kGL >>46 ローマ崩壊についてのキリスト教の影響なんて他の要素に比べたら微々たるもんだぞ まず圧倒的な最たる要素は政治混迷と経済破綻というローマ自身の自滅で 次にその弱ったところを狙って群がってきたゲルマン津波だから その点この時期のキリスト教はむしろ国をまとめるために国教化されたりと 延命装置として役立ってる 49: 名無しさん@おーぷん 2017/01/04(水)17:56:17 ID:94m >>48 微々たるってのは言い過ぎ キリスト教ってのはローマのアイデンティティを全否定するような宗教だからな 滅びた理由は複数あれどキリスト教の台頭ってのは一つの大きな要因だよ
https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1483492810/
この一連のレスバトルの中でも、キリスト教について多様な意見があるようだ。
●肯定的な意見
・キリスト教がヨーロッパ文化圏としてのまとまりをもたらした
・共通の道徳観を浸透させた
・国教化が結果的に帝国の延命措置となった
●否定的な意見
・そもそもキリスト教がローマが崩壊した原因である
・教義がローマのアイデンティティを全否定している
どちらの主張もある程度の説得力があるように見えてしまうが、結局のところ、決着がつくことはなく水掛け論で終わるのが2chである。
興味深いテーマなのに、なぜ不毛なやりとりで終わってしまうのだろうか?
それは、以下の2点が原因ではないかと思う。
この認識のズレが不毛な議論を生み出している。
1. 「中世ヨーロッパ」の定義が曖昧で、各人の認識が一致していない。
極端なケースでは、地中海世界全体が中世の1000年間停滞し続けたという誤解も稀に目にする。
2. 各人が持つ時代像の自己認識が曖昧。
・衰亡説か、変容説か?
・政治・行政・軍事・経済、社会・文化・宗教のどれに注目しているか?
・東西のどの地域か?(西欧世界 or ビザンツ世界)
・どの時代か?(古代末期~中世の終わり(2世紀~15世紀))
3. 「西ローマ帝国の消滅」の原因と、「西ローマ帝国消滅後の西欧における文明衰退」の原因を混同している。
衰亡説の立場を取るとしても、内因論か、外因論のどちらで説明するか?
個人的な見解
歴史系2chまとめサイトなどでキリスト教原因説が必ず出てくるのは、キリスト教が善玉のような世界観を打ち壊すことに爽快感を感じる人が多いからではないだろうか。もしキリスト教が実は文明衰退の原因だったとすれば、それはセンセーショナルでかつエンタメとしても面白い。歴史好きの人は、そういった世間とは違った見方をすることに喜びを感じがちだ。また、日本人の多くは八百万の多神教で、古代ローマ人も多神教だった。そこでローマ人と日本人を重ね合わせることで、「偉大なローマ人」への一方的なシンパシーを感じたり、日本人は特殊というような優越感を感じている場合もありそうだ。
しかし、古代はユダヤ教やキリスト教がむしろ例外で、世界中ほとんどが多神教の世界だった。多神教であることは特にレアケースではない。日本人が多神教であることが特別優れた点であるとは思えないし、多神教であることで古代ローマ人に過剰に肩入れすることに合理性はない。
また、多くの日本人はキリスト教の信仰とはあまり縁がなく、ギリシア・ローマ神話にルーツを持つわけでもない。これは、西洋史を学ぶ際に余計な偏見を持つ必要がないというメリットでもあると思う。多神教のローマ人に感情移入し過ぎるのは、そのようなメリットを自ら捨て去る行為ではないだろうか。
引用
・中世ヨーロッパ ファクトとフィクション (b1)p37